「空冷か、水冷か?」はポルシェ911を語るうえで、いまだに論議がやむことのない、半永久的に続くテーマと言えます。
このテーマに、近々ハイブリッドやEV化が加わりそうですが、デビューから30年近い年月が過ぎてもなお、賛否両論のある996型のポルシェ911に初めて搭載された水冷エンジン。
果たして、どのような経緯で水冷化にシフトしたのか?その背景を考察してみましょう。
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911の第5世代である996型に水冷エンジンが導入された時代背景
1997年にデビューし、2005年まで生産された「タイプ996」こと、996型のポルシェ911は、このクルマの歴史においてターニングポイントになったことは事実です。
最大の理由として、タイプ901、通称ナローポルシェの時代から継承されてきたエンジンの歴史に終止符を打ち、新世代の水冷エンジンを搭載したことが挙げられます。このエンジンの4バルブシリンダーヘッドにより、最高出力は300psを発生。同時に、排出ガスやエンジン音、燃料消費量の低減においても新基準が打ち立てられました。
空冷エンジンを搭載した911という存在自体がマニアックなものとなりつつあるなか、外観は歴代911のデザインを踏襲しつつも、空気抵抗係数(cW)も0.30と軽減されています。
弟分ともいえるボクスターと部品を共有
このモデルにおいても最大の特徴といえるのが、弟分ともいえる初代ボクスター(986型)と多くの部品を共有したヘッドライトです。996型のアイコンともいえるウインカーを内蔵した「涙目」のヘッドライトは、デビュー当時からかなりの賛否両論を生みました。
しかし、この「涙目」のヘッドライトをこよなく愛する新世代の911ファンを獲得したことも事実です。また、室内のデザインも一新され、現代的なスポーツカーらしいドライビングコンフォートも重視されるようになりました。
当時のポルシェは経営状況が悪化し、より幅広いユーザーに訴求していくことが急務とされていた時代。ポルシェにとっても来るべき時代の転換点が訪れたといえるのではないでしょうか。
究極のNAモデルであるGT3は996型でデビュー。GT2は第2世代へ
996では前例のない新しいバージョンが積極的に導入されました。カレラRSの伝統を引き継ぐ911GT3が1999年に誕生、さらにセラミックブレーキを初めて標準装備したハイパフォーマンスモデルである、911 GT2が2000年秋に登場しています。
996型の特徴
歴代の911がまとってきたプロポーションを守りつつ、当時の最新技術を搭載し、「ポルシェ911」というモデルを新たに定義して「次の時代を生き抜く」という至上命題が996に課せられたのです。
ポルシェ社内では「996世代」と呼ばれるこのシリーズは「911カレラ」の名称と6気筒水平対向エンジン以外、あらゆるものが一新され、ボディシェルの強化には、ボディカラー両側に亜鉛めっきの鋼板と高強度鋼が使用されました。
また、この996型のサイドミラーからは、ドアではなくサイドウインドウの前に固定されるタイプへと変更されています。部品の共有化も996型の特徴のひとつであり、フロントフード、フロントヘッドライトユニット、インジケーター、テールライト、フロントフェンダー、ドアは、986型のボクスターで同じものとなっています。
911の歴史上、これまでにない大変貌を遂げた996型
996型はボディサイズもこれまで以上に大きくなりました。993型と比較して全長が185mm延び、ホイールベースは80mm長くなり、全幅は30mm拡大されました。
その結果、車内空間が広く取られ、996型ではドライバー自身がこれまで以上に肘を自由に動かせるようになるほどの開放感が得られるようになったのです。また、新設計のダッシュボードや、911伝統の5連メーターはリニューアルされ、新世代の911にふさわしいデザインを獲得したのです。
さらに、911シリーズの頂点に君臨する911ターボにも新設計の水冷エンジンが搭載されました。搭載される3.2L水平対向6気筒エンジンは、1998年にル・マン24時間耐久レースで勝利した911 GT1に搭載されていたものが与えられています。
993型の911ターボに引き続き、ツインターボの効果で最高出力は420psに達します。その結果、996型の911ターボは、最高速度300km/hの壁を突破した初のポルシェ市販モデルとなったのです。
この911ターボを4輪駆動から後輪駆動に変更し、さらにエンジンをパワーアップさせた911 GT2のエンジンは483psを発生します。
さらに、セラミック製ブレーキディスクを備えたPCCB(ポルシェセラミックコンポジットブレーキ)が標準装備され、イエローにペイントされた大型ブレーキキャリパーが目を惹きました。このPCCBは、スチール製ブレーキディスクよりも50%軽量化され、バネ下重量の軽減に貢献しました。また、耐用走行距離は最大30万kmとなっています。
993型の約3倍もの台数を売り上げた996型
また、公道やサーキットでもハイパフォーマンスが楽しめるNAエンジンの最強モデル「911 GT3」も996型でデビューを果たしました。このモデルは、ポルシェのワンメイクレース用車両としても活躍し、カスタマーレースであるポルシェカレラカップが世界中で大成功する起爆剤となったのです。さらに2003年には、911 GT3の限定モデルとなる911 GT3 RSが世界400台限定で販売されました。
996型は2005年までに17万5262台が製造され、993型の6万8881台と比較するとその差はおよそ3倍。996型が生産されているあいだにポルシェ初のSUVであるカイエンがデビューするなど、初代ボクスターとともに、絶体絶命のピンチの状態であったポルシェを救ったモデルともいえるでしょう。
水冷エンジンに転換した時の当時の市場の反応は?
空冷エンジンが環境面と性能面の両立させることにそろそろ限界であったこと、生産コストがかかること、ポルシェ社の経営状況など…。さまざまなやむを得ない事情が絡んでいたとはいえ、ポルシェ911の心臓部である空冷エンジンを捨てて水冷エンジンへと舵を切ったことで、当時世界中で賛否が巻き起こりました。
空冷911オーナーは伝統との決別に対して拒否反応を示したのです。その結果、993型までの空冷エンジンを搭載した911の中古車価格が高騰し、生産終了間際には駆け込み需要が相次ぎました。
水冷エンジンの特徴
水冷エンジンの仕組み
996型ポルシェ911に搭載された水冷エンジンは、ロードカーでは伝説のスーパースポーツモデルである959に水冷ヘッドが採用された例があるものの、水冷エンジン用のシリンダーが採用されたのは996型が初となります。
水冷化された最大の理由は、エンジン本体の温度管理を改善し、排気ガスの排出量の低減を図るためでした。1気筒あたり4つのバルブが使用されるため、これだけでも水冷化が必要だったのです。
993型には3.6リッターと3.8リッターのエンジンが使用されていましたが、この4バルブ技術により、より小型のエンジンでも対応可能になったことがメリットとして挙げられます。
水冷エンジンをテストするために、開発当初は先代モデルである993型のボディ(964ターボ用のリアスポイラー付き)に搭載されました。
その後、996プロトタイプのボディが製作され、3.2リッターエンジンがテストされました。空冷エンジン特有の、シリンダーから発せられるノイズが不凍液によってかき消されたため、911特有の高音のエンジン音は減少することとなったのです。
また外部オイルタンクを使用せず、ドライサンプ潤滑システムによって供給されました。最初のモデルイヤーに搭載されたエンジンには、スロットルケーブルを備えた機械式スロットルバルブが搭載され、996型がデビューしたあとも開発が続けられたことが伺えます。
水冷エンジンのメリット
エンジンが水冷化されたことでパワートレインが一新されました。当初は 3.4リッター、後期モデルで3.6リッターとなった新世代の「M96エンジン」は、熱管理が大幅に改善され、シリンダーバンクごとに2つのオーバーヘッドカムシャフトを備えた4バルブ技術を使用できるようになりました。
その結果、エンジンの回転数が高まり、燃焼がクリーンになり、燃料消費量が減少し、騒音が低減したことがメリットとして挙げられます。
水冷エンジンは空冷エンジンとどのように違うのか?
空冷が絶版になった理由
度重なる排気量アップ、ハイパワー化、それに伴う排気ガスの排出量、発熱量…などなど。ひとことでいえば、時代の要求にそぐわなくなってきたことが大きいといえるでしょう。
ユーザーが存続を強く希望しているとしても、世界各地の法規制に対応しつつ、並み居るライバルたちに引けを取らないスペック、そして耐久性。ポルシェがポルシェであるがゆえに、遅かれ早かれ決断しなければならなかった時期がついに訪れたということなのです。
まさに911にもハイブリッドモデルがデビューしようとしていますが、996以来の大きな変革期に差し掛かっていることは確かです。
水冷と空冷の走り心地の違いは?
ポルシェが996に搭載した水冷エンジンのフィーリングは古き良き硬質なエンジンから、一気に現代のそれに変わったことに、当時から違和感を覚えたユーザーも少なからずいました。
良くいえば大幅に洗練されて現代的なエンジンとなり、悪くいえば30年以上続いた911の味が失われたとも解釈できます。しかし「最新のポルシェは最良のポルシェ」といった格言があるように、いつしかユーザーも水冷エンジンの911に馴染んでいったのです。
エンジン音の違いなど
空冷エンジンの特徴ともいえる、乾いた高周波のエンジン音から、水冷エンジンらしい中低音の音色に変わりました。当時のポルシェが空冷時代のものに近づけようとしていた気配が感じられることは事実です。
1999年にデビューし、瞬く間に完売となった「911 GT3」では、空冷エンジン時代のサウンドが戻ってきた!と当時のポルシェファナティックからも歓迎され、少しずつ996型が、そして新世代の水冷エンジンが市民権を得ていったのです。
まとめ
996型ポルシェ911は、伝統の空冷エンジンから水冷エンジンへの移行という大きな変革期に登場した、ポルシェの歴史に残る重要なモデルです。当初は賛否両論があったものの、時代の要求に応えるために必要不可欠な変更でした。
996型は、現代的なデザインや技術を採用しつつも、ポルシェ911の本質を受け継ぐことに成功し、そして、ポルシェを経営危機から救った立役者ともいえるでしょう。
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